長年、中高一貫校で教育に携わってきた山崎園長が、一転して幼児教育の世界へと飛び込んだのはなぜなのか。保育の可能性に未来をかけようと決意した、その想いに迫ります。
【根本を問い続ける】
-前職は中高一貫校に勤められていたと伺いましたが、なぜ幼児教育に関心を持たれたのでしょうか。
園長 長崎の私立の中高一貫校の理事長を務めた後に、諫早市が市立保育所の運営者の公募をすることを聞いて、保育園ではどんなことをしているんだろうと現場に入り、勉強をはじめたんです。そしたら、人づくりは0歳からはじまっているんだ。これはやらなきゃいけないと使命感を持ちました。
–0歳からはじまっている、と。
園長 三つ子の魂百までと昔から言われているけれど、その意味がぱっとわかったんです。0歳から子どもたちは環境を吸収して育っています。人間の土台ということですね。だから、人づくりのスタートは保育園からなんです。
–子どもたちや保護者と接する中で、どんなことを感じましたか。
園長 子どもを見れば親が、親をみれば子がわかる。これが一番よくわかったことでしたね。子どもは、私たち大人がしている通りにするんです。だから、周りの大人や環境からの刺激が大事なんですね。中高生を相手に、子どもだけを問題にして奮闘していたから、余計に身に染みてよくわかったんだと思います。やはり、お母さん、お父さん方と一緒に子どものことを考え、やりとりを共有しながら育てていくことも幼児期であれば、受け入れられやすく、お互いに刺激を与え合えるということも発見でした。大人だって、進化・発達しつづけているわけですから、どう刺激を受けるかだと思うんです。そして、親が変われば、子どもは劇的に変わりますよ。 刺激を与え、受け止めるためには、社会の構造や人間はどうあるべきなのか、ということも含めて常に考えを巡らせておく。そうした思考が保育の現場にも必ず影響を及ぼしていくと思います。
【自然に学び、育まれる】
–新園舎には遊具がなく、周囲の自然環境をとりいれた庭や森で遊ぶことを基本にされていますね。
園長 人の手でつくった遊具は、一、二回やるとすぐにコツがわかってしまう。ところが、自然が相手の場合は、そうはいかない。いまは過剰に物があって、何でも揃っているでしょ。そういう環境に慣れきってしまうと、子どもたちは自分で何かしようという気持ちにならないのではないでしょうか。
–そう思われたのは、ご自身の子ども時代の経験も影響しているのでしょうか
園長 そうですね。私が田舎に学童疎開でした当時は、遊具なんてなにもない時代でした。自然の中で、なんでも自分たちでつくって遊びました。おいしい実のなる木がどこにあるか、傷口に効く薬草がどこにあるのか、頭の中の地図に全部入っていましたね。そうした中で、探究心、冒険心、好奇心が育ったと思うんです。 我々の祖先は自然から学び、育ち、育まれてきました。生命は、バクテリアとして発生して、そこからさまざまな過程を経て、環境に適応しながら進化してきた。個体発生は系統発生を繰り返しますから。そのことに立ち返り、心も身体も大きな成長を遂げる幼児期にこそ、自然の中でたくさん刺激を受けること。たくさん失敗すること。森や野原や川を舞台に、虫や生き物と仲良く遊ぶ。それ以上に大事なことなんてないんじゃないでしょうか。
【空を見上げて】
–みやま保育園の「まなびの森」には、防空壕もありますね。仄暗い洞窟のような雰囲気で、とても魅力的だと思いました。現代の子どもたちは遊具でさえ遊ぶことを禁止されたりしていますから、あのような場は貴重だと思います。海にも川にも柵ができて、自由に行き来できなくなりましたよね。
園長 海も川もコンクリートで固められ、自由に行き来できなくなりました。ここは入るな、あそこも入るなと。現代の大人たちは、まるで「管理病」に患ったかのように私には見えます。そうした病いから、少しでも子どもたちを守らなければなりません。
–子どもたちが、本来持っている野生を保てるようにということですね。
園長 そうですね。特に、「つ」がつく年齢までは神様の領域にいますから、子どもたちを損なわない環境や関わりが必要です。私たちは、6歳までで終わりではなくて、その後も関わり続けたいとの想いから、学童保育を大事にしていきたい。今は、賃貸の小さな平屋の建物で学童保育をしていますが、新たな建物は来年の春にはできる予定です。0歳だった子どもたちが、これからどんなふうに変化していくのか、とても楽しみですね。
–0歳から小学校まで、親以外に丁寧に関わってくれる大人がいることは、子どもにとっては本当に幸せなことだと思います。
園長 大人になって、辛いこと哀しいことがあった時、思い出してもらえるような場所でありたいですね。園のシンボルにもなっている「森の音楽堂」の赤い屋根の上には、幸せを運ぶコウノトリの風見鶏がいるんですが、風見鶏って風を教えてくれるでしょ。そのおかげで、空や風を近くに感じられる。子どもたちには、一日に一度、空を見上げて欲しいんです。ふっと心が柔らかくなる。そういう一瞬の記憶が、いつかきっと子どもたちを支えてくれるから。
□山崎稔
やまさきみのる/社会福祉法人わたげのほし理事長・諫早みやま保育園園長
昭和12年2月長崎市生まれ。大卒後長崎市役所に8年間勤務。出身大学からの要請を受け、開校3年目の付属高校に社会科教諭として赴任。38年間の在職中に教員、事務長、教頭、中・高の校長、理事長を歴任。私学教育で培った理念を基に、平成22年市の移管を受けみやま保育園を運営。平成23年より現職。